しかし、この映画を見た後でスペイン語の歌詞の意味を確認してみると、「言い寄って、拒絶されてはいないが、いい返事をもらえない中途半端な関係」をぼんやり描いた内容で、この中国語の映画の核心となるモチーフ,状況設定、人物設定に絶妙な距離感で共鳴しているとわかり、このムードが気に入りました。「もやもや+うきうき」にノスタルジーを覚える人は少なくないでしょう。「恋をしたい気分」とも訳されるこの映画の英語タイトルIn the mood for love(この映画の場合には「愛してしまいそう」/「一線を越えてしまいそう」と訳したほうがいいような気がしますが)はこの曲、Quizás, quizás, quizásの歌詞が引き出したのかもしれません。
英語で歌われる歌詞はこのスペイン語の歌詞と少し違い、輪郭がクッキリし、その分だけ「中途半端なムード」の味わいが感じられなくなっています。
この曲の英語版はPerhaps, perhaps, perhapsですが、日本語に訳せば「たぶん、たぶん、たぶん」になります。しかし、そんな言い方をしている人は知りません。みんなカタカナで「キサスキサスキサス」と言っているのは、「たぶん」では語調が悪いというのが主な理由でしょうが、日本語にしてみると質問の答えとしてかみ合わないこともあるのでしょう。英語の訳語perhapsにしてもやはりピントがずれているようです。また言い寄る男が一見たたみかけるように三つの質問をして、言い寄られた女が同じ答えを3回繰り返すというイメージになる訳詞が出回っていますが、違和感を覚えるひとが多いでしょう。
この曲が使われたこの映画『花様年華』の設定、展開、状況を理解した後で、やっと歌詞の内容が腑に落ちました。
この歌の主人公は女性に言い寄ってはいるのですが、別にたたみかけるように質問をしているわけではありません。歌詞の意味を合理的に解釈すると、実は男はいつも一言だけ「いつ?」とか「どう?」とか「どこで?」と尋ねるだけ、質問していることはしているのですが、いつも曖昧で、質問していないも同然なのですす。この映画の主人公の性格ががまさにそうなっています。ナット・キング・コールの明るく快活な歌い方に騙されていました。
思えば、中南米のラテン系の曲には歌詞が悲しい内容なのに、明るく朗々と歌うものがよくあります。歌詞の意味を知らないで聴いていると、ウキウキするようなハッピーな内容かと思っていたら、実は悲しく重いものであると知って驚くことがよくありました。これは中南米特有のパラドックスのようです。女の答え方も「たぶん、たぶん、たぶん」なんて間が抜けたように3度続けて繰り返しているわけではなく、男の一言だけの質問にQuizásと一言答える、そんなやりとりをいつもしているというだけです。この映画はこの曲のそういう状況設定を原イメージとして編集したのでしょう。
英語でPerhaps、日本語で「たぶん」と訳されていますが、語源を見ると、翻訳に使われているこの英語とは意味合いがすこし違います。スペイン語のQuizásはもともとQui-zásで、これは英語に置き換えればWho knows(だれが知る)という疑問文が単語化したものです。「だれが知る?」という文はスペイン語だけでなく英語でも反語として使い、「だれも知らない/だれにも分からない」という意味になるのですが、英語だったら主語を変えてGod knows(神は知る/神には分かっている)としかならないところを、「だれが知る➡だれも知らない➡(しかし)神は知る」まで連想が繋がっているようなのです。ここから連想がさらに伸び、「可能性がないわけではないor可能性がある」➡「きっと/たぶん/運がよければ/ひょっとしたら/・・・」のような副詞的な使い方をするようになったようです。英語のperhapsは「per-haps運/偶然によって」のような意味から生まれています。一方、スペイン語の方はそんな客観的確率を意味するのではなく、「祈り」や「希望」という主観を反映しているようです。フランス、イギリスという西洋の近代を牽引した国と同調しやすかったスペイン本土とは違い、西洋の近代化前のカトリック文化と土着の文化が色濃く残っている中南米の文化の特徴のようです。「私は知らないが、神は知っている」は「神は知っているが、私は知らない」とほぼ同義ですが、日本語では「分からないけど、だいじょうぶ/だいじょうぶと思うけど、分からない」あるいは短く「そうねまあ」という言い方でぼんやり示す確率が近いように思います。「答えているけれど答えていない」は日本人もよくやり、知性の不足と批判されたりもしますが、一種のパラドックスとも言えます。翻訳にはカタカナで「キサス、キサス、キサス」にしておきます。
英語版の歌詞は下に付けておきますが、スペイン語の原曲とかなり変わっています。
You won't admit you love me
君は認めようとしない。ぼくを愛していると
And so, how am I ever, to know
だからどうやってぼくはそれがわかるだろうか
You always tell me
君はいつもぼくにこう言う
"Perhaps, perhaps, perhaps"
たぶん、たぶん、たぶん
A million times I've asked you, and then
百万回ぼくは君に尋ねてきた。それで
I ask you over, again
ぼくは繰り返し尋ねる
You only answer
君はこう答えるだけ
"Perhaps, perhaps, perhaps"
たぶん、たぶん、たぶん
If you can't make your mind up
君が決心しなければ
We'll never, get started
ぼくたちはいつまでも始まらない
And I don't wanna wind up
だけどぼくは終わりにしたくない
Being parted, brokenhearted
心が傷ついたまま別れて
So if you really love me, say yes
だからもし君がぼくを愛しているなら、そうよと言って
But if you don't dear, confess
でももし君がね、告白しないとしても
And please don't tell me
どうかぼくに言わないでほしい
"Perhaps, perhaps, perhaps"
たぶん、たぶん、たぶんなんて